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Angel Beats!における「成仏」の扱いについて

妄想詩人の手記のおパゲーヌスさんが「成仏」についてお書きになっているので、それに対する私の意見などをぐだぐだ書いてみます。

まず、お詫びから。
私は科学教唯物論派の原理主義者で、いわゆる“科学的な説明”でないものは信じていません。なので、私自身があまり各種宗教に対して敬意を持ちにくい人間です。したがって、文章の端々に仏教に対する敬意が感じられない部分が見受けられると思いますが、御不快になられた方がおられたら、申し訳ありません。
ここから本題


今回たぶんはじめて”成仏”という語が使われたが、この語が仏教の教義から大きく逸脱した、極めて世俗的な用法として用いられている点には、注目すべきだろう。この発言は恐らく脚本家ではなくキャラクターが、仏教のことをろくに知らないで発言したものであると、捉えておくのが良いと思う。(おパゲーヌスさん)



確かにキャラクター達は仏教のことをよく知らない(という前提で脚本が書かれている)ようです。すでに第1話でSSSの木刀(長ドス?)使いが音無に向かってあろうことか「勝手に成仏してフジツボに生まれ変わってしまえ」などと言っています。(第一、仏教的に死後の世界をとらえるなら、天使なんて概念どこから引っ張り出してきたのやら)

しかし私は、岩沢の消滅はかなり仏教の教義における「成仏」に近いと考えています。

岩沢は、恨みつらみの感情から脱し、歌に逃げるのではなく、歌うことこそがあるがままの自分の在り方であると悟ったから、解脱してこの世界から消えたのでしょう。(はるる)



最初の記事で私はこう書きました。これは「満足して成仏したんだな」とは違います。
今さらですが補足説明をします。
自分にとっての歌、歌を通しての自分と世界の繋がり、歌で自分は世界から動かされ、自分が歌うことで世界が動くのだということ、そんな縁と縁がつながって世界がひとつのものとして動いているというのだということ。
そういった世界のありようをあの瞬間に感じた。だれかがそう在るように仕向けたのではなくただ在るように在る、縁と縁が時に因となり時に果となる世界の在り方を感じたからこそ、不遇な人生をも受け入れ、岩沢は悟りに至ったのだと思います。悟りを開けば成仏して輪廻から解脱できますからね。

ただ、この解釈は、製作者に対するひいき目(わざわざひいきするほど知りませんが)にすぎるかもしれません。

判断のポイントは野球回で日向が消滅しなかったことと、次回(7話)での直井の扱いでしょう。
2人の無念であるフライと自己の確立。これで消滅するようなら、それは仏教の教義における「成仏」とは違うでしょう。
しかし、フライは巧妙にも(?)回避されました。もしも直井が今回で消滅せず次回もいれば、このアニメは世俗的な用法よりは仏教の教義に近い概念で「成仏」をとらえようとしていると言えるでしょう。
(私はきっと居ない=今回で消滅した扱いだ、と思いますが)


はっきり言って、”成仏”という語がこんな安直な概念で語られることに、自分はけっこう腹立たしい想いがあって、



お腹立ちはわかります。私も科学教唯物論派の原理主義者として、リアルで非科学的な話を聞くと腹が立つことがあります。(エセ科学とかエセ科学とかエセ科学とか)

では、仏教の教義における成仏とはなんでしょう。各宗派ごとの解釈の違いを排し、もっとも根源的にとらえれば「輪廻の輪から解脱して仏に成る」ということではないでしょうか。その困難さや手段の違い(最初の仏=釈迦以外は真の成仏はできない、とか、厳しい修業を積めば、とか、念仏を唱えれば、とか)を超えて語るなら、それ以上には言えないのではないでしょうか。ならば、あえていずれかの宗派で語らなければならないなら、「極めて世俗的な」解釈で語るのもわかりやすくていいんじゃないでしょうか。

ちなみにWikipediaでの成仏の説明

もっともこの作品世界がそもそも仏教風世界である保証はありません。その場合は成仏ではない消滅のメカニズムが作中で表現されるでしょう。

ただ、以上の解釈はやっぱり製作者に対するひいき目でしょう。
ここまで考えていたらうれしいな、という願望交じりの解釈です。
そもそも私は、製作者側も仏教の教義については深く考えているかも怪しいと思っています。それはもう最初からそう考えていて、私のAngel Beats!記事は3話の後に書いたのが最初ですが、「まず、この世界は仏教風の世界観であると考えます。」と言いきっています。仏教風=エセ仏教ということですね。

フィクションなんだし、このくらいがちょうどいいんじゃないかとも思います。あんまり厳密に教義どおりに宗教概念を扱ったら、他の宗教を信じている人はかえって反発するんじゃないでしょうか。すくなくとも科学教信者の私は「これはフィクションだから」と思わなければ宗教テーマなんて到底受け入れられません。
宗教“ネタ”だと思えばこそ楽しめるのです。

だから、エセ仏教どころか各宗教ごった煮でもいいですから、それなりに整合性のあるお話として完成することのみを願います。
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tag : 感想・考察・批評

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 なんとか、反省室から解放されたSSS。  天使が失脚すれば、SSSの楽園になるはずだったゆりの考えは間違ってたみたい???  しかも、相手は一...

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メルクマールさんの記事引用していらしたので書きますが、あちらにコメントしていたみかげ=深霞です。

適当な当て字モドキであって、大して深い意味はありませんw


新興宗教的だ……というのが個人としての、この作品への感慨です。
作中用語の曖昧さや、混合宗教の世界観、更に登場人物の行動を含めて。

世俗的な成仏=消えるというのは幽霊などからのイメージでしょうが、実際は記事本文でも少し触れられている通り、悟りを得る事であって消滅する訳ではありません(伝統仏教の各宗派によっても全く概念が異なる)

AB世界では単純に「生前の悔いや苦悩を無くしてAB世界から消える」のを成仏としているように見受けられます。

完全に一致する訳ではありませんが、どちらかと言えばキリスト教に関わる「携挙」に近いイメージでしょうか。
これは簡単に言えば信仰者が救い挙げられた状態で、原理主義的には「人体がその場から消滅する」ものです。



神や輪廻や携挙のような成仏といった混合的とも思える宗教観に加え、SSSの行動概念は

「ゆりの判断を世界観の前提とし、ゆりの倫理観を元に動く」

ことを主眼に置いています。

本来は食券をわざわざ飛ばす必要はありませんし(奪う、機械を壊すなど)直井への推察が正確ならば模範的な行動を取っても恐らくバランスさえあれば問題ない。
一般生徒からの攻撃に自衛しても構わない。
天使を攻撃したから神が出て来るとは限らないし、天使に精神攻撃が通じたとしてもそれが天使でない根拠にはならない。そもそも天使が天使とは限らない。

これらの不合理は言わば「ゆり教」のドグマなのだと思います。
そして直井もまた「直井教」のドグマを元に世界を解釈して行動していました。

よって

「『Angel Beats!』は新興宗教」

なのではないか……と、やや皮肉を込めて考えてしまいます。

No title

>深霞さん

いつもコメントありがとうございます。
みかげさんとお読みするのですね。(あれ? こちらでも読みを教えていただいてましたでしょうか)

>新興宗教的
ゆりや直井の世界に対する解釈は、たしかにそんな感じですね。
しかし、そもそも実証不可能な事柄まで含めて世界の在り方をとらえる、というのはそれ自体、宗教的な物の見方ではないかと思います。
そして、人が宗教的な物の見方をするとき、特定宗教の教義を深く学んでいなければ新興宗教的な物の見方になってしまうのでしょう。

ただ、おパゲーヌスさんの指摘の通り、宗教をよく知らないキャラクターの解釈である可能性が高いと思われます。
(つまり、スタッフはわざとそういう風に描いている)
というのも、ゆりの第一話での説明は間違っている可能性がだんだん高まってきているからです。

NPCだと思っていた直井は魂を持っていた。
天使は天使ではないかもしれない。

作戦も、あまりうまくいっておりません。

「天使の権威が失墜したら私たちの楽園になる筈じゃなかったんですか」

作戦批判までなされていますね。

さらに楽園どころか今までにない激しい戦闘になってしまった。

直井の攻撃を耐え、SSSには敵対勢力がなくなってしまいました。次回、もし、ゆりの権威が失墜するようなことがあれば、SSSは内部分裂してしまうかもしれません。
これも新興宗教的な展開です。

こちらこそ長文に毎回丁寧なレス頂きまして有難う御座います。
スイマセン、読み方書いてませんでした……というよりどう読まれても構わないと思ってたので。
当て字モドキな為に三文字目がありません(笑)「毛」とかだとカッコ悪いですから。平仮名基本でたまに当て字っぽくしていたりするのです。



先のコメントは作品へ皮肉を込めた言い方でしたが、確かに実証(科学)に依らない世界解釈こそ宗教の端緒だと思います。

そういう意味では彼女らが解釈を先走ってしまう事は必然かもしれません。疑念を持てよ、とも言いたくなりますが特殊環境に於いて、自信満々のカリスマに引き摺られるのも世の常。

解釈と起きる現象に違和感を生じなければ成立する。
今は違和感が生じ始めた段階でしょうか。

用語のファジーさについてはミスリード半分、素が半分じゃないかな……という印象を受けます。

「成仏」は一般には死を意味する用語として視聴者に世界観のバイアスを与えられますが、「生まれ変わり」「輪廻」「転生」でも同じバイアスは生じる。

というかゆり達の捉えた概念としても、こちらの用語の方が適宜ですので半々かなぁと。

ただ、混在的な世界解釈も含めると「敢えてメチャクチャな宗教観」の可能性は否定出来ませんね。



「神」については、それに該当する存在が居ると考えています。物語としての収まりを考慮したのと世界の性質が非常に恣意的というか、人間的に偏っているので。
非人間的なシステムのみの場合に「生前の悔いや苦悩を無くす」とか「満足する」なんて概念が出るか疑問です。
そういう心理変化した人間に(AB世界に於ける)物理的な情報に変化が生じた結果消滅する……という説明は考えられますが、やや疑問符が付きます。

作為的にピックアップされている、とした方が通りが良いのではないでしょうか(尤も、スタッフが説得力のある仮説を選んでくれる保証は無いです)
プロフィール

腐視穴はるる

Author:腐視穴はるる
百合もBLも男の娘もOKな腐った目と脳の持ち主です。
でも男女ものはあんまり・・・
ドロドロはカンベン(>_<;)
現代も、ファンタジーも、SFも、ロボも大好き!

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